里山と半自然草地(資料p7)
天災や人為によって原生の森が壊れた後にアカマツ林や、コナラやクヌギ・クリなどの雑木林といった二次林が成立します。
エヒメアヤメ(アヤメ科)- 山地に生える多年草。葉は細く、幅は2〜10mm、はじめは長さ20cm内外であるが花後は伸びて30cm内外に達する。花は4〜6月。
- 自然遷移、園芸採取、草地開発。
台地上の畑地の中にはクヌギやコナラの平地林が点在し、低地から台地に向かって網の目のように谷津田が複雑に入りくむ里山の自然は、かつては東日本各地で見られた伝統的な農山村の風景でした。
この人里周辺の平地林は日本列島にヒトが定住生活を始めた頃、原生の森を伐り開いて農耕を営む人々の生活に、なくてはならないものでした。はじめは火入れによる焼畑農耕が導入されましたが、田畑の生産をあげるために落ち葉や下草を肥料にし、炭を焼いて燃料とするなど、常に人間の手が加えられることで維持されてきた自然です。また、里山の一部は森林を伐採してススキ草原へと変え放牧地や採草地として管理されてきました。
こうして関東以西の照葉樹の森は、本格的な稲作の開始から一千年の間にはほぼ開きつくされ、二次林や採草地といった里山の環境へと変えていきます。このように里山の自然は、農耕という営みが里山の植生を遷移の途中で止めているため、定期的に人の手を加え続けていかない限り自然遷移が進み、やがては照葉樹の森に戻ってしまいます。
消えゆく春植物
キスミレ(スミレ科)- 山地に生える多年草。根出葉は小数で、茎は細くて直立し、高さ10〜15cm、上方に3(〜4)葉をつけ、下部に葉がない。花は黄色、4〜5月に咲く。
- 草地開発、自然遷移、園芸採取。
農村の生活と深く結びついた里山の出現は、もともと照葉樹の森のギャップや林縁に細々と暮らしていた植物にとって、またとない避難場所となりました。雑木林の林床を棲み家とする春植物は、まさにそのような植物です。雑木林が新緑に覆われる前、早春の陽射しが充分に届く林床はカタクリやアマナ、イチリンソウ、フクジュソウといった春植物が花を咲かせて彩りを見せます。一年中、鬱蒼とした照葉樹の森に比べて里山の雑木林は明るく、身近かに花があることで人々の心に潤いをあたえ、四季折々その姿をかえる季節感あふれた自然は、人々の感受性を豊かにしていきます。
日本人の木目細やかな自然に対する美意識が育まれた背景には、里山の自然が色濃く反映しているのではないでしょうか。
このように、原生の森を伐り開いてきた二次的な自然は、生物相を多様にし、自然と人間が混然となって暮らしを営む環境だったのです。
ところが戦後の化石燃料の大量使用と農業の近代化が、かつての里山や採草地の利用を全く必要としないまでに、里山の環境を一変させてしまいました。存在価値を失ってしまった都市近郊の里山と草地は開発用地として、次々に姿を消す運命となり、大都市に遠い雑木林ほど放置されたままです。
こうなると林床にはアズマネササが蔓延して自然遷移が進み、春植物が生活することが出来なくなります。又レッドデータブックに取りあげられたリストによれば、このような人里の野生植物には氷河時代の生き残りといわれる植物が多数含まれます。
里山と共に...
キセワタ(シソ科)- 山や丘陵の草地に生える多年草。茎は直立し、高さ60〜100cm。葉は卵形または狭卵形、長さ5〜9cm。花は8〜9月、数個ずつ上部の葉腋につき、紅紫色で長さ25〜30cm。
- 自然遷移、道路工事、森林伐採。
長い時間をかけて自然と人間が折り合いをつけながら結びついてきた里山の環境は、余りにも身近かな自然であるが故に、絶滅の危機にある野生植物の存在すらよく知られていません。
自然保護というと、どうしても奥山のような原生の自然に目を向けてしまいがちになりますが、私たちの暮らしと多様な生き物を底辺で支えてきた人里の自然も、同様に残すべき価値のある自然と言えるのではないでしょうか。